SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • 京都芸術センタ−「国家 Nation국가」__西村博子
    タイニイアリスの暗部 (12/12)
  • MAR「個人重力」/ドンニョク「バリデギ」__
    高野裕平 (07/07)
  • DULL-COLORD POP「小部屋の中のマリー」__GRASSHOPPER
    GRASSHOPPER筆者 (07/28)
  • タッタタ探検組合「ハイパーおじいちゃん3」__大野美波
    松嶋理史 (07/08)
  • 劇団池の下「葵上」「班女」__ZUMOMO
    zumomo (04/19)
  • 劇団鹿殺し「SALOMEEEEEEE!!!」__青柳 舞
    (07/26)
  • 東京サギまがい・ゲツメンチャクリク「お化け屋敷の中〜断髪したライオン達〜」__西村博子
    愛 (07/12)
  • 桜会「P―天才って何?―」 __西村博子
    桜会 制作 (05/20)
  • E.G.WORLD 掘屬澆砲いフツウの子〜突然変異は、未来の常識」 __西村博子
    桜会 制作 (05/20)
  • Big Smile「paper planes」 __西村博子
    simone (03/18)
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
韓国新人劇作家シリーズ 第5弾__明 成俊
0

       初め、個々の作品やストーリーの象徴するもの、俳優の演技、舞台に見られた特色などについて書いたのですが、今回はそういう作品内部について述べることは止めて最初から書き直し、各作品が扱った社会的な問題を中心にもっぱら主観的に書くことにしました。

     

    1.「恋愛日和」 キム・ドギョン作 李知映訳 吉村ゆう演出

      確かに結婚についての物語である。しかし、結婚そのものついての作品ではない。作品における結婚というのは登場人物全員が共有する世界観であり、この部屋に住んでいるミョンウンとその恋人ドンウク、そこへ訪れてきたミョンウンの両親の間に起きるエピソードの到達目標として捉えられている。しかしミョンウンとドンウクが結婚するのかしないのかに正面から向き合っているわけではない。

     

       ミョンウンの願いはドンウクと結婚することである。友達の結婚祝いのパーティーから帰ってきたミョンウンは、平常優越感を持っていた友達が先に結婚にゴールしたことがあまりにも悔しい。彼女は、結婚に「成功」することこそ、自分のステップアップにつながると思っている。この点については、両親も同じである。両者の差異は、結婚相手の条件に過ぎない。このように誰も結婚するということについては疑問を抱くことなく、その世界観の内でドンウクも含めて自分なりにそれぞれ行動するだけである。

    したがって、この作品は価値観や世界観の衝突ではなく、近い距離にある人物たちの間に生ずるエピソードが中心である。

     

       両親に二人の関係を隠さなければならないミョンウンはドンウクをテレビの修理に来ている人だと紹介し、ドンウクは慌てて部屋の中にあるテレビの解体にとりかかる。毎日欠かさず連ドラを見ていると言う母親がミョンウンに早く直してもらえと督促するので、テレビは連ドラが始まる前に直さなければならない。結婚もテレビを直すことももっぱらドンウクの手にかかっており、ミョンウンは自分のことなのに自分で解決することができないのだ。

     

       しかし、ミョンウンのこの窮地は鮮明に演出されていたとは言えなかった。「恋愛日和」のセリフには二人の結婚を妨げるのは高い住宅費、残りの学費ローンといった現実だとある。しかし、ミョンウン、ドンウクに比べて望みをよりはっきり表出する両親を見ていると、両親の存在こそミョンウとドンウクが乗り越えなければならない「現実」、そのものであったろう。

    愉快な作品であった。人物関係の設定から生み出されるシチュエーションを上手く使って観客を最後まで笑わせるコミックな一晩の出来ごと。気軽く楽しめた。

     

    2.「感染」 イ・ソンホ作 金 世一訳 荒川貴代演出

       舞台は椅子にかけたひとりの男。机の前にあるテレビが現実の状況を数値で知らせるのは、作品の持つ時事性の色彩を濃くするための装置として有用であった。ニュースは一人暮らし向けであり、一人暮らしについての統計を報道し、具体的な数値や内容を伝えるのではないがテレビCMも、劇の雰囲気をつくるに充分であった。社会人である主人公の孤独な顔にも疲れや寂しさが浮かんでいる。

     

       この作品は、一人暮らしの持つ孤独感に焦点を合わせている。一人暮らしの人々の間に原因不明の伝染病が広がっており、その症状は家族がいるように会話をしたり行動したりで現れる、というのだ。こうした設定は、家族の不在が一人暮らしの孤独に結び付くという考えに基づいている。

     

        主人公の青年は劇中回妄想する。しかし男の孤独感は解消されず、孤独は一層深まったように見えた。最初は母との会話であり、回目は妻と子供との話であったにも関わらず、である。そうすると、作品の方向性がぼける。作品の前提は、一人暮らしの孤独は家族の不在であったからである。

     

      韓国社会が抱く経済的な不安や子供の教育問題などはセリフのなかで触れられていた。しかし、作品は作品の持つ時事性の重さに耐えられるほど堅固ではなかった。

     

    3.「プラメイド」 ソン・ギョンファ作 李 知映訳 鈴木アツト演出

      「プラメイド」は曖昧な作品かもしれない。ここでいう曖昧とは、ギョンソンにとってプラメイドはどんな存在かということである。一方的にギョンソンを手助けするこのプラメイドはどういう意味を持つか。

     

      作品の序盤は、ギョンソンという人物についての説明である。一人暮らしの青年ギョンソンは就職を諦めてコンビニでバイトしながら消費期限の切れたハンバーガーを食べる。この彼の唯一の趣味はガンプラ作りである。

      このハンバーガーとガンプラという2つのキーワードはギョンソンを通じて見られる若者の表象である。ここではハンバーガーという「食」よりガンプラに象徴される「趣味」のほうが優先されている。毎日必要不可欠な「食」より内面における自己満足の「趣味」のほうが上なのだ。

     

      抽選に当選して配達されてきたプラメイドは、ギョンソンの家事を手伝う。汚い部屋の掃除をしたり、バランス取れた食事を提供したりする。ここまではプラメイドは、ギョンソンにとって面倒をみてくれる便利なものという以上の意味は無かった。

     

      しかし、人工知能を搭載し、人間の感情を持っていないと自ら強調するプラメイドは、秩序や慣習に従うようギョンソンに強制する。プラメイドとしては合理的に行動しているにすぎない。が、その結果、ギョンソンに健康のための運動を勧めたり、終いには履歴書や自己紹介書を書かせたりする。合理的というのは今ある社会に順応するということである。

     プラメイドはギョンソンの人生のために客観的にアドバイスする存在である。そのアドバイスは社会がプラメイドの口を借りてギョンソンに求めるものに他ならなかった。

     

    4.「本当だって」 イ・インソル作 金 世一訳・演出

      黒い衣装と白い食卓、これは二つの色しか存在しない世界を表現している。作品は真実と虚偽を判断しない。何が真実なのかより、記憶を用いて社会における多数と少数、その構図と、少数に置かれた者の孤独を見せることによって、社会で起きた様々な事件を思い浮かばせる。

     

      記憶は過去にあった事実を思い出す作業である。そして、記憶には過去と現在が混ざり合っている。過去に対する現在の姿勢により、事実はいくらでも彩色されたり変造されたりする。この作品は、そういう事実を変えようとする人達とそれに悔しむ一人の人間に注目する。

     

      また、ある時点において過去を取り戻すことができないとき、人間は戻るのを諦めて、それが間違いと認識しながらもそれを認容し自分を走らせるといった愚かなこともする。

    | 劇評 | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    少年王者館「シアンガーデン」__明 成俊
    0

        リズミカルな詩か、空想科学のパレードのようだ。

      少年王者館の第39回本公演「シアンガーデン」(作虎馬鯨、演出天野天街)を8月22日、ザ・スズナリ劇場で観た。

       

        古いアパートの3つの小さい部屋でロボットを作る男、少女と少年に天井から見える争いの絶えぬ赤い国について話してくれるおじいさんと日記を書く少女が暮らしている。ゴミみを拾い集め、それを組み立ててロボットを作っている男は引きこもりだ。ひたすらロボットを完成させることに夢中になっている。狭い四畳半部屋という物理的な空間で広い世界を描いている彼の夢は、ロボットで世の中をぶっ壊してきれいな街づくりをすることだ。

       

        しりとりのような言葉遊びを用いたセリフを役者は余韻の効果を最大限活かして表現し、 舞台装置や照明、ダンスは完成度高い。音楽や照明は幻想的な雰囲気を漂わせる。とくに雨粒をイメージ化したダンスやロボットのような節度のあるダンスは作品の理解を深める。

       

         この作品でもっとも注目したのは、描かれる世界観である。花と雨粒、ロボットを動かすために必要な塩分を求めて醬油を探すソノコ、植物図鑑が転々と渡されることは「生と死」の標識でもあるかもしれない。住人は生きているのか死んでいるのかも不明で、鬼ごっこをしながら遊んでいるのは生きる者が死者を探す儀式のようにみえる。このように作品では「生と死」が交っているようだった。

       

       作品はいくつかの物語に散乱しており、それが収まらず主題に向けて観客を引っ張る力は足りなかった気がする。また、人物間の関係設定にはあいまいなところがある。役者のチームワークは良かったが、それぞれのキャラは片面的で個性は見えなかった。

       

       完成したロボットは自分の存在理由である世の中をぶっ壊すことができるだろうか。そして、きれいな街づくりを成し遂げることができるだろうか。すべてがなくなった「無の世界」に蘇生したロボットを応援したのは、新たな世界への期待感なのか。演劇が終わり、カーテンコールのときから浮かんだ疑問は、雨が止んだ後に湿気を帯びた空気のように残った。(2017.9.11

      | 劇評 | 18:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      京都芸術センタ−「国家 Nation국가」__西村博子
      0
        京都芸術センタ−から“成果発表公演”があるとの招待状をもらい、好奇心抑え切れず新幹線に飛び乗った。作品は招聘アーティストのユン・ハンソル原案・演出になる「国家 Nation국가」。チラシに彼の “そもそも「国民」とは、「国家」とは何なのか”という問いかけが載っていたからである。そのチラシも全体的に“教員定数の削減は、安倍総理の外国訪問回数、地域主権型道州制の導入、拉致被害者全員の早期帰国、過去最悪の米価下落、非正規雇用、日本再建……”その他その他、今の日本を表す様々な言葉たちでデザインされていた。
         

        続きを読む >>
        | 劇評 | 08:12 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
        THEATRE ATMAN「水の記憶」__西村博子
        0
           近頃珍しい古風な作劇術の芝居に出会った。李哉尚作・演出「水の記憶」である。
          日本のATMANと韓国仁川のMIR Repertoryの俳優が同作品をそれぞれ、日本語と韓国語とで続けて上演するという、観客の日本人にも韓国人にも親切な演り方だ。どちらを先に見てもいい、2本同じ料金で見られるとのことだったので、日本語しか判らない私は先ず日本語版のほうを見て、それから字幕なしの韓国版を見た。もちろん俳優はすっかり替わっていたが、装置は同じ、俳優の立ち居地、出入り、消えものなども殆ど違いなかったので、今までの韓国からの来日公演と違って、いちいち字幕に目を取られることなく演技に集中して観ることができたので、とても愉しかった。
          続きを読む >>
          | 劇評 | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          May's frontview Vol.34「零度の掌」__因幡屋 宮本起代子
          0
            *金哲義作・演出 Alice Festival2014参加作品 2015.3月29日で終了
             ソウルの劇団コルモッキル公演『満州戦線』との交互上演で、Alice Festival2014の掉尾を飾る。

             2013年のおそらく秋のことだろう。大阪で暮らす在日朝鮮人ソンフォが、北の祖国に旅をする。在日韓国人である妻に手伝ってもらいながら、北で暮らす親戚たちのために、衣類や食糧、現金など持てるだけの荷物を用意する場面にはじまる物語である。北朝鮮行きの飛行機の搭乗口は空港のはずれにあり、ソンフォはともに旅立つ老女や老人たちを気づかいながら長い通路をひたすら歩く。ソンフォ役の柴崎辰治以外の俳優が、手に仮面をもって顔を隠し、腰を曲げたゆっくりした歩みで老人を演じる。今回のソンフォの帰国は高校生のときから24年ぶりになるのだが、親戚との再会への期待というより、どこか不穏な空気が漂う。
             やがてソンフォは、自分たちを出迎えたアンネウォンと呼ばれる北朝鮮の案内員や、サチョッチェギンブと呼ばれ、在日が北朝鮮訪問時に親戚や友人との面会などの世話係、つまり同胞たちとのやりとりに神経をすり減らすことになる


            続きを読む>>因幡屋ぶろぐ
            | 劇評 | 17:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            コルモッキル「満州戦線」__因幡屋 宮本起代子
            0
              *朴根亨作・演出 Alice Festival2014参加作品。大阪のMay『零度の掌』と、ソウルから来日のコルモッキルの交互上演 新宿タイニイアリス 2015.3月29日で終了

               1940年代の満州国の首都新京に、朝鮮から満州国陸軍軍官学校に留学して卒業した飛鳥を祝う同胞たちが集った。医師の木村、木村と将来を誓い合い、キリスト教の伝道に情熱を注ぐ尚美、文学を志す金田、市役所の公務員として働くヨシエたちがにぎやかに祝宴をはじめる。そこへ飛鳥の妹の慶子も訪れるが、歌手になりたいと夢を語る妹に飛鳥が激怒したり、ヨシエが日本人上司と不倫関係にあり、子どもを身ごもっていることなどが明かされ、祝宴は険悪な雰囲気に。


              続きを読む>>因幡屋ぶろぐ
              | 劇評 | 17:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              Tama+project「Hamlets」............佐々木 久善
              0
                ーハムレッツ 足し算ではない何かー

                 「ハムレッツって何だ?」シェイクスピアの戯曲?その戯曲の主人公?あるいはモデルにされた実在の人物?どれも本当で、しかし、どれも足りない。
                ハムレットが複数形でハムレッツ。単純な公式。しかし単純なものには罠がある。
                 ハムレットにJR仙石線の駅名は出てこない。しかしハムレッツ(江戸馨訳/丹下一構成・演出)には出てくる。その違いは何だ。「1+1=2」の場合、「1」にないものは「2」にもない。だから単純に「ハムレッツ=ハムレット+ハムレット+…」ではない。
                 ハムレットはシェイクスピアの「ハムレット」の主人公。その他にお母さんとかお母さんの夫(これが今の王様)とか婚約者のオフィーリアとか墓掘り人とか、いろいろと出てくる。でも、みんなハムレットに似ている。
                続きを読む >>
                | 劇評 | 03:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                劇団ファム(厳岩)「こくはく喫茶店」fromソウル............西村博子
                0
                  ――若い世代、新しい方法の「こくはく(黒白/告白)喫茶店」――

                   タイニイアリスに入ろうとしたら、なぜかその入口にキャンバスと絵具が置いてあって、何か描 いてからお入り下さいとあった。首を傾げながらとりあえずcrazy兎の顔を描いて中に入った。私はcrazy兎だからである。
                   やがて舞台が明るくなると、観客たちの様々な筆の入ったそのキャンバスが舞台に出ていて、本を読みながら客待ちしていた喫茶店の店主(鄭聖錫)が やおら立ち上がるとそのキャンバスに絵筆を加え始めた。アラ!と思った。キャンバスは見る見る演じるものと観るものとの合作となっていったからだった。
                   次いで店主は金魚に餌を撒き始めた。それも、観客席に向かって下手から上手へずっーとなので、客席すべてが大きな金魚鉢ということになった。時々彼は餌を、観客を見ながら放り投げてもくれたので、目が合った!と勝手に思いこんだ私はすっかり嬉しくなって、餌を求める金魚気分 。すっと舞台に吸い寄せられていった。こんなに面白い、変わった幕開きに出会ったのは初めてだった。
                  続きを読む >>
                  | 劇評 | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  Tama + project 「ハムレッツ Hamlets」............高木 登
                  0
                     この劇を公式化すると、ウィリアム・シェイクスピア×江戸馨(TSC)×3.11=ハムレッツ。
                     シェイクスピアの『ハムレット』を元にした東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)の江戸馨の創作劇、3人のハムレットが登場する『ハムレット』を観たのは、2011年2月26日、神楽坂のシアター・イワトであった。
                     2011年といえば、東日本大震災のあった年であり、TSCの公演はその1か月満たないすぐ前のことであった。
                     それから4年後の今日、まさにその大震災のあった日に、3.11を絡ませたこの『ハムレッツ』を観た。
                     『ハムレッツ』は、TSCの3人で演じる『ハムレット』を下敷きにして、それとは異なった形で3人のハムレットと3人のオフィーリアが登場し、シェイクスピアの台詞の合間にオフィーリアが仙石線の少女となって仙石線の駅名を呼称し、駅名が不通となった個所で途切れる場面が断続的に挿入される。


                    続きを読む>>あーでんの森散歩道


                    | 劇評 | 23:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    47エンジン「狂想曲〜月下の乱」__ 李 知映
                    0
                      新宿タイニアリスで47エンジンの狂想曲〜月下の乱を観ました。先天的才能を持つ謎の主人公とクライマックスの殺人事件を通じて明らかになる主人公の正体、主人公との関わりがきっかけで一層成長する芸術家の物語は前作を想い浮かばせました。ただ、今回の焦点は芸術家よりそれをめぐるマネジャーや周辺人物に移されていました。

                      劇は田舎に潜んで暮らしている老人が謎の男二人に殺されるところから始まります。いきなり早いテンポで展開されたこの場面は、月下の畳の上で起きた緊迫した状況が照明や俳優の斬り合いで良く表現されています。最初から観客の注目を集め、その後のストーリーがどのように展開されるか楽しみになりました。











                      続きを読む >>
                      | 劇評 | 14:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |