SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • 京都芸術センタ−「国家 Nation국가」__西村博子
    タイニイアリスの暗部 (12/12)
  • MAR「個人重力」/ドンニョク「バリデギ」__
    高野裕平 (07/07)
  • DULL-COLORD POP「小部屋の中のマリー」__GRASSHOPPER
    GRASSHOPPER筆者 (07/28)
  • タッタタ探検組合「ハイパーおじいちゃん3」__大野美波
    松嶋理史 (07/08)
  • 劇団池の下「葵上」「班女」__ZUMOMO
    zumomo (04/19)
  • 劇団鹿殺し「SALOMEEEEEEE!!!」__青柳 舞
    (07/26)
  • 東京サギまがい・ゲツメンチャクリク「お化け屋敷の中〜断髪したライオン達〜」__西村博子
    愛 (07/12)
  • 桜会「P―天才って何?―」 __西村博子
    桜会 制作 (05/20)
  • E.G.WORLD 掘屬澆砲いフツウの子〜突然変異は、未来の常識」 __西村博子
    桜会 制作 (05/20)
  • Big Smile「paper planes」 __西村博子
    simone (03/18)
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

05
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
<< projectサマカトポロジー「そういえば忘れてた」 __とも太郎 | main | 遊牧管理人「ヒマワリ−鰐を飼う人」__西村博子 >>
演劇実践集団デスペラーズ「或る告白」 __西村博子
0
     あとから言えばまったく思い込みだったのだけど、デスペラーズという劇団名から何となくお笑いかな?と思って私は客席にいた。ところが全くの見当違い。まずプロローグ。敗戦直前にB29からパラシュートで降下してきた米兵を日本国民の総意の代行と信じて殺した元日本兵浅倉(吉田智則)が主人公。それが進駐してきたアメリカ軍によっていま捜査中、逮捕されれば戦争犯罪人として処刑は確実。それを、アメリカ生まれ?!の元戦友の友情によって偽名の身分証をもらい、行方をくらますことになる……と始まっていく。アメリカは広島、長崎に原爆落としたと米兵殺しの正当性を言う浅倉に、オッ、イラクの今と比べて敗戦後の日本人はどうしてあんなに簡単にアメリカにナツイテしまったのだろうとかねがね疑問に思っていた私としては、これは硬派。憎んだアメリカと友情受けたアメリカと、引き裂かれた日本人の私たちはさてどうするかの芝居だな、と身を引き締めた。日本演劇史上かつてなかった問題意識であり、真摯なテーマではないか!!
    ところが本篇始まっていくと、またもや意外。マッチ工場に沖縄出身と名も偽って勤めている浅倉の、工場主や好意を持ってくれるその娘やもと飛行機整備兵だった同僚やに、ひたすら言葉を濁し沈黙を守る苦しげな姿が描かれていくので、ハハーン、過去を隠さなければ生きてゆけない人間の苦渋を描いていくのだなと思った。とくに浅倉が、工場主から、南方で戦死とされている息子が実は浅倉とは真反対にパラシュート降下兵の命を助けたばかりに殺されたのだという話を聞かされ、苦しむ姿に、そう確信した。

    またまたところが、それから後半、話は思いがけないほうに進んでいくのだ。浅倉に好意を持つ接客婦の女が、同僚のいれあげる愛人であり、もと逃亡兵で今はやくざ?のイロでもあったことから誤解や争いが生じたり、女と工場主の娘との浅倉を挟んでのいろいろがあったりして、やがて暴力沙汰へ。やくざ、浅倉、同僚はさっと三方に飛び退って身構える。そうかこれは男女の三角関係、愛欲物語であったか。逃げたもの、コミットしたもの、すぐ傍にいながら手を汚さずに済んだもの、戦時中さまざまな身の処し方をした男たちの、女の愛し方も含めて今の生き方の対決に発展するか!?――と思ったら、これまたそうでもないらしい。やくざの、「たかが一人を殺したぐらいで」のひと言に、初めて浅倉が激昂。「たかがとは何だ!」――血しぶき飛び散る真剣勝負となる。劇としてのクライマックスであった。

     う、うーん、つまりこれは、アメリカ云々を抜かしたプロローグと工場主の息子の話とがここに収斂、人を殺すということがどんなことか解ってたまるか。作・演出岩瀬浩司の真の関心はここにあったか?……と考えていたせいか、それともあんまり意外また意外に引っ張りまわされて私の心がくたくたになっていたせいか、このあたりでほんの数秒か数十秒か意識が遠のいた。ふっと気づくと舞台は真っ暗。だれかが大量のマッチに火をつけ、それはぼうっと燃え上がって芝居は終わった。あれは何だったのだろう。火は、戦って死んでいった多くの兵隊たちへの鎮魂にちがいない。その他に受け取りようがない、と感じた。けれども、それにしては今まで、そういう風にプロットは進んでこなかった、……はずだが???

     台本読み直しての再確認ができないから、私の受け取り方が間違っていた可能性もなくはない。が、ともあれ舞台を見ながら、私の内心はいま言ったように揉みくちゃにされてきた、としか言いようがない。

     じゃあ、そんなテーマがよく掴めなかった作品のこと言わなきゃいいじゃないか――と言われればもっとも。だが、ひとこと、どうしても言わなければならないと思ったのは、俳優たちの演技のためだ。リアルということはひょっとしたらこういうことを言うのかも知れない。たとえば浅倉の、自分の過去を言いつくろおうとするときの、言葉の出なさ加減。観客の生理より俳優の内部のリアリティのほうが遥かに重視されていた長い長い時間だった。他の俳優たちもぜんぶ、そう。それぞれの台詞は人に聞かせるためのものでなく、自分の中から出すものであった。とくにやくざ。その凄みのスゴイこと! 実際のやくざはあんまり知らないけれど、本物よりたぶん10倍も20倍ものリアリティがあった。人を突き飛ばして部屋に入ってきたところ、ただしゃがんで凄むところ、ちゃぶ台を足で引っくり返したところ、刃物をもってほんとにズブリといきそうだったところ……私は客席で少なくとも2、3回はほんとうにキャッと飛び上がった。

     プロットのこのどんでん返し?連続技と、演技のこの“静かな劇”も民芸「火山灰地」もぶっ飛んでしまいそうなリアリティと――まるで相反する二つのものがこんなふうにドッキングするなんて、いったいあり得ることだろうか? 不思議な不思議な一夜であった。

     私の短くない観劇史のなかでこんな奇妙な体験をしたことは初めてだった。演技っていったい何だろう。私のいつかへの宿題がまた一つ増えたようだ。   (2005.04.04)
    | 劇評 | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://alices-review.tinyalice.net/trackback/100822