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発条ロールシアター「ファンタステカ」__西村博子
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     近頃になく珍しい、新鮮な演劇手法と出会った。則末チエ作・演出「ファンタステカ」で、だった。

     舞台は初め、遺跡。実力あり数々の実績もありながら世に遇されない考古学者と、彼を心から尊敬し、彼のために、その発掘作業が継続できるよう願って現場にそっと他からの採集品を置いて、明日に迫った発掘中止を何とか阻止しようとした学生との、愛と叱責から始まっていったので、てっきり、毎日新聞によってスクープされた藤村新一の旧石器捏造事件か?と思った。が、劇のポイントはここになく、まったく違って、その後のある日。 舞台はある百貨店の屋上、職を離れ食えなくなって?百貨店に掃除夫として働くようになっていた考古学者や、女性店員や客たちが思い思いに昇ってきて昼時を過ごす憩いの場に変わった

     しかし驚くのはここからである。しばらくするとその屋上が、周囲の、おそらくコンクリート壁であったろう褐色の幕たちが突然するすると引き抜かれて白幕へと変わっていき、床にもすっかり大量の白布が伸びて、舞台はみるみる真っ白の世界へと変貌していったのだった。あっと驚嘆した。歌舞伎に見る引き抜きがこんなにも大胆に、こんなにも見事に現代に再生したのだった。

     屋上に居合わせた人々はそれから、水を、帰るところを、オアシスを求めて、この白い砂漠をさ迷い歩く。その困惑、状況探索、諍い、小競り合い、滑落事故などなどの右往左往が劇の大部分を占めた。が、中に、他とは別れて単独行動をした青年のひとりが、自動販売機からちゃんと飲み水を買って戻ってきたりして、あれ?と思う

     そう、ここは百貨店の屋上。その休憩場がこの人たちには砂漠としか見えないのだった――ということが次第しだいに明きらかになっていく。私たち観客の中にも、現実を容認できず、不毛の異世界としか見えない人があるように、である。

    岸田國士の「屋上庭園」でも、うだつの上がらぬ男が教授だったかに出世した同窓生と百貨店の屋上で出会い、その屈折した心理はよく描かれていた。が、当時は新鮮だったとしても、言葉が力を喪った現代、もう会話の頭理解だけでは退屈する。現代社会、人間関係をこんあふうに、目に見えるように表現した則末チエは、まったく新鮮だった。

     ただ、冒頭の考古学者と学生。屋上庭園へ来た学生が記憶喪失と設定されていたのはなぜだろう。作者の内にそうなくてはならぬ必然があるなら、この人間関係は人間関係でもう一つ別の、現代を描く作品ができたのでは?と惜しまれた。また、売れっ子作家(則末チエ)を熱心に追っかける編集者。他の人の変化には全く気づかず、いつもどおり原稿催促したり外へ携帯かけたり、彼にとって屋上は屋上のままという設定も素晴らしかった。この対比がなければ、ただの空想劇、ファンタジイに終わったかも知れない。が、それなら、である。この編集者と、屋上が砂漠としか見えない人たちとは一体何が違ってこうなのか?それがほんのちらっとでいい、ぴしっと描き込まれていたならと、これまた惜しまれた。

    お金や社会的地位がすべてみたいなこの世の中に、なぜか赤字覚悟で小劇場演劇創ってしまう人、なぜかなけなしはたいて観てしまう人。そんな人は劇場から外へ出たとき、街は街か、砂漠でないか、思わず周囲を見回してしまったにちがいない。(2011.10.2

    | 劇評 | 12:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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