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☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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(裸)ミチコイスタンブール「ア・レーズン インザ パン」__森 薫 
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     タイトルの「ア・レーズン インザ パン」を訳すとパンの中のレーズン。「ア」にこだわるとパンに入ってる一粒の(干し)葡萄となるのかな? 面白い構造の作品に出会った。
     舞台は、コンビニでレジやらせても、製パン工場の流れ作業、パン捻じりをやらせても、おそらくどんなバイトだろうと上手くできず、上司に叱られてばかりいる青年が描かれていく前面と、森の中、青カビの生えたレーズン入りの大きな食パンと、すぐ撃たれてしまうなめくじと一兵卒になったばかりの少年と小隊長の蜂が、大きな樹の隊長から、国家のために戦えと命じられて、敵が誰でいつ攻めてくるか分からないけど、とにかく見えない敵を見張ったり捕虜にされたりする背後と、大きく言うとこの二つの場から成っていて、その二つが交互に進行していった。場の転換に間を取らず瞬時に替わっていったのも、全く違う二つの場面が実は同じひとつのものだったのだということが分かる劇の最後とよくマッチしていて、気持ちよかった。
     この外にもうひとつ、息子が大学に合格したお祝いをしようという夫婦も出てくる。夫のほうが息子を呼び出そうと携帯をかける。が、息子は出ない。やってきた夫の兄と夫婦のやりとりを聞いていくうちに、息子は実はもう亡くなっていて、それはどうやら息子が兄の家、息子から言えば伯父の家に行ったとき食べた、カビの生えた食パンのせいだったということが分かってくる。その息子はなめくじが大好きだったというから、森の中で大樹や小隊長の蜂に命じられて戦争に従事している少年なのにちがいない。青年も少年も、どちらもそれぞれの状況に全く役立たないダメ人間である。
     コンビニの上司に馘首を言い渡され、僕は何ポイントなんだ?と叫んだ青年のほうをもう少し言うと、青年のほかに、痩せ痩せと呼ばれる太った男の語るお噺をまじめに聞き書きしようとする3人が出てきて、その3人が青年を自分たちのグループに誘い込もうとするという筋がかなりの比重で描かれていく。が、これは正直言ってよく分からなかった。終わりのほうで、痩せ痩せは青年の財布を盗っていたし、青年と同じ職場でパン捻じりに働いていた女性が、自分は痩せ痩せの妹だと言い、兄はダメ人間、兄の噺をまともに受け取るなといった意味のことをグループに言ったから、このグループもみんなダメ人間だったと作者は言いたかったのかな?と推測するしかなかった。もしそうだとすると、タイトルを一粒の葡萄としないで、複数形の葡萄としなくちゃ、と思ったけれども……。
    とりあえずそれはさておくとすると、パンで繋がっている(笑)前面と背後、くっきりと分かれそれぞれ勝手に進んでいくように見えた二つの場面。それが、最後に一つに混ざって、ダメ少年、ダメ虫、ダメ食パンたちすべてが、見る間に撃ち殺されていくシーンでアッと思った。背後の場でそれまで姿を見せなかった敵が、その時初めて銃を持って姿を現わし撃ち殺しまくったわけだが、それは、それまで前面で青年を叱ったり説教したりしていた職場の上司たちだったから、である。それまで、一見子ども向けのキャラ芝居かと見えた背後の場は作者の、あるいはダメ青年の、つねに脳裏に去来していた、いわばイメージだったにちがいない。それはいかにもアニメ世代の好きそうなキャラ世界だったけれども、隊長あり小隊長あり、文句言わずに従う少年や食パン、虫たちからなる厳然とした階級社会であった。
     そう言えば、国家のために戦え、民衆のために戦うのではないと命令され、どこにどんな敵がいるか見えないけれど、とにかく命令に従っていた少年、虫けらたちの場面では、最初からしょちゅう銃撃の音が聞こえていたではないか。それは、弱者は強者に殺されていく戦場であった。この「ア・レーズン インザ パン」が描き出そうとしたものは、それに適応できないダメ人間は虫けらのように扱われるしかない現代の競争社会であった。ここにも虫けらが一匹居るよと、私はあやうく客席から声をかけそうだった。
     作・演出北之内直人の意図がほんとうにここにあったのかどうか、私は知らない。しかしひとことも自分の意図やテーマを台詞で言わせようなどしないで、黙って、ただ劇の構造だけでこれほど観る者の想像力を掻き立てた舞台は珍しい。これが演劇というもの、その貴重な一粒だと思った。
     隊長の大樹や流れ作業のベルトコンベアなど、装置は素晴らしかったが、俳優たちは正直言って、残念ながら一、二を除いてまだまだだったと言わなければならない。けれどもこの(裸)ミチコイスタンブールの演劇による現代社会への挑戦、こうした劇構造は他にも可能かどうか、ぜひとも次作を見てみたいと思った。(2012.8.1)
    | 劇評 | 06:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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