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☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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Whiteプロジェクト「White-あの日、白い雪が舞った-」__明成俊
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    普段ならどんな日だったか覚えていないような平凡な日々、そんなある日の昼間が突然起きた何かの出来事で人生で忘れられない日になることも案外多い。その日もそうだった。地震を感じ、すぐ止まるだろうと思ったのに、その日の揺れは長くしかもいつものより激しかった。人生初めての激しい揺れを避けるため、そのまま家から出て外にいたところ、もっと激しく揺れて怖がる顔した街の人達の姿が見えてきた。

    どのぐらい時間が過ぎたのか分からず、家の手前にある神社に行き、揺れが止まるのを待っていながら、母国にいる母に電話を掛けた。電話を受けた母はテレビをつけて日本に地震がきたという速報を確認し、私が安全か聞いた。韓国まで速報があったことから、今の地震は決して小さなものではないと予感した。

    それが私が覚えている2010年3月11日である。今でも福島原発の問題や津波の被害は解決しておらず、被害を受けた人々のキズも治っていない。いや、治ることのできないことだと私は思う。しかし、せめてその人達の痛みを我々は知るべきであるだろう。苦労している人達に何かの手助けをするためにはその人達の痛みを知ることが最初の一歩であるから。
    仙台から来たwhiteプロジェクトのは津波で娘を失った家族の物語である。舞台はホテルの結婚式場の待ち合わせ室。あの日から3年がたち、津波で失われた娘の結婚式を行うため、父は結婚式のスピーチの準備をし、親戚や婚約者がホテルに集まっている。ホテルでは亡くなった雪子の友達である村織が働いている。

    この主人公のいない結婚式を取材するため記者が来て、失くなった雪子や家族のあの日について尋ねる。津波で大切な人を失ったのは雪子の家族だけではなかった。母を失ったはじめ君もあの日以来、ショックで言葉を失ってしまっていた。

    劇は津波で家族を失った人々をみせることで観客にあの日の記憶を思い浮かばせるが、ただ単にあの日の記憶を浮かばせるに留まらず、はじめ君が雪子の父の乾杯という歌を聞いてはじめて言葉を叫んだシーンがあった。希望はあるということを内包していたのだろう。

    頑張れと言われるけど、いったい何をどう頑張ればいいのか、いつになったら頑張れを言われなくなるのかと父は叫んだ。この芝居は被害を受けた人々の本音であるだろう。

    いつか福島原発近くの、福島は負けません、日本頑張れという垂幕の懸っている小学校をテレビで見て、驚いたことがある。それは負けるか勝つかの問題ではないし、頑張る頑張らないという問題でもないからである。政府や東京電力といった社会システムの問題であり支援制度や政府の施策が先決であるにもかかわらず、子供にまで頑張れなどと注入するなんて腹が立った。

    なんでも頑張れというのは日本人によくあることである。しかしそれは根本的な解決策にはならない。むしろ、それを主張し過ぎると本当の問題を隠してしまうかもしれないという疑問が湧いてくる。

    彼らに必要なのは頑張れという一言より、実質的な政策ではないのか。また彼の痛みを慰める、このような演劇ではないだかろうか。苦労に蓋をし、苦労を周りが感じない、知らないとなれば孤独いっそう増し,傷は深くなる。

    あの日から一年半がすぎてしまった今、この作品は過去、現在、そして未来について語っている。(2012.10.20)
    | 劇評 | 18:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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