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☆Alice's Review☆

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発条ロールシアター「ソンデネヴァ!」__森 薫
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     ツイート@hatsujorollをちょっと覗いてみたら「加茂克プロデュース・発条ロールシアターです。日常から少しだけ異世界を垣間見るような芝居をやっています」とあった。「少しだけ」というのはいかにも加茂克らしい謙遜。発条ロールシアターは、私たちが現実と思いこんでいる日常の底に、私たちの知らない、あるいは忘れてしまっていた現実が在るということを見せてくれる素敵な劇団だ。
    それも単にセリフで説明したりするのでなく、一瞬にして舞台が変わる。たとえば百貨店の屋上が砂漠になったり(「ファンタステカ」)、民家の物干し台の底に戦場が現れたり(「セイルオフ」)、発条ロールシアター独特の技法を編み出して、である。
     この方法を採らない作品もあるが、見えないものが見えるという発想は同じ。たとえば「スキッパーハイ」。UFOを見たとガセネタで目立とうとする市民や特報狙うマスコミには見えないが、河畔の段ボールに寝起きする者になら宇宙人が見え、会話を交わすこともできるというもの。私たちの知らない真実がいったい誰になら見えるか、発条ロールシアターの目線、則末チエの社会に対する姿勢が、そっと示唆されていた。

     今回の則末チエ脚本・演出の「ソンデネヴァ!」は、雪降る北海道のとある無人駅。宿をとらずにあちこちをいわば観光、その歴史を勉強しているという女性と、終電に乗り遅れ内地(というのかな?)の都会にあるらしい勤務先に帰り損ねた青年との一夜。青年が駅舎の窓から外を覗き、釘付けされていた板に手をかける――と、板が外れ、窓の外に闘い合うアイヌの人々が見え、えっと驚く一瞬に駅は宙を飛んで消え失せ吹雪の山野に変わる、という仕組みであった。そして、女性と青年の一夜の夢か幻か、アイヌの人々の悲喜こもごもの場が終わるとまた、あっという一瞬にして舞台は元の駅へと戻ったのだった。いっしょに見た劇団青羽(チョンウ)のキム・グァンポさんもとても面白かったと褒めてくれた。
     そういえば、今でこそ日本とか日本人とかひとくちに言って誰も疑問を持たないが、中世の蝦夷征伐から明治維新前後の同化政策、討伐へ、私たちは、琉球も含めて少数民族を次々に従わせ、統一国家造りに励んできたのであった。征服された人々がどんな人たちで、何を喜び何を悲しんだか、そんなことまるで考えたこともなく生きてきたのだった。
     雪の原野に現れたのはアイヌの、貧しい食事を分け合うひとときの団欒、神託を告げる巫女などのシーンを挟んで、部族間の闘い。よく分からなかったけれど、明治政府につく部族と、そうでない部族とあったらしい。分断され、戦い合う部族たちとはまた別に、少数民族の中でもとくに少数の、明治政府の支配下に組み込まれるのを拒んでと聞こえたが? 洞窟に住み続けているアイヌの男と、彼を慕う、ちょっと知恵が足りなさそうに見える純朴な若者も居た。
     この二人が幕開き前、まだ駅も幕で隠されていた舞台前方に最初に出てきたのだったが、男は最初、若者に食べ物を分け与えたりして可愛がっていた。が、終わりには立場が逆転。日本の政府軍に雇われたらしいその若者、途中たびたび生きるためには政府軍に雇われたほうがいいと男に勧めていたのが、討伐に来た政府軍に男はあっちに逃げたとあらぬ方向を教えて男をかばう――というのがこの作品の大筋であった、と言えよう。押しつけがましいところ全くなく、若者の男への愛情は終わりのほうにさりげなく挿入されていたのだったが、明治政府が押しつぶしたものは何だったか、説明抜きで判り、ぐっときた。
     ちょっと残念だったのは、再び戻った朝の駅。安上がりの観光しながら蝦夷の歴史を知ろうとしていた女性のほうは、なぜそういうことがしたいか見ていてよく分かったとは言えないが、まあ初志貫徹したとは言えよう。それで「歴史なき地」というより「歴史を抹消された地」といったほうがぴったりするような北の地の歴史が、ここにちょっぴりにしろ出現した。
     が、青年はどうだったのだろう。青年は申し分ないイケメンにも関わらず、幕あきの最初、駅で可愛い彼女に求婚して拒否され、終幕、もういちど求婚して又もやきっぱりノーを言われて、客席の笑いを誘う。それはそれでこの作品が変に深刻にならなかったので良かったが、それだけでしかなかったのが物足りない。「スキッパーハイ」でUFOが見えたのは善良な市民たちでなくいわゆる路上生活者であった、というところにリアリティがあったように、この青年にアイヌの人々が見えた必然は何か、にも関わらず、少女はなぜ青年の申し出を受け入れなかったか、である。
     可愛い彼女は、青年と中年女性二人の一夜の夢ないし幻想の中でアイヌ族の紛れもないひとりだった。しかし青年は……? 結婚してくれるのだったら内地の会社を辞めてこの地へ移ってきてもいいとさえ言っていた青年、彼も夢ないし幻想の中でアイヌ族のひとりとして舞台に出ていた。出ていたことは確かだったが、将来に希望の持てる政府軍の側か滅び必然のアイヌの側か、立場が今一つはっきりしなかったせいではなかったろうか。
     アイヌ末裔の可愛い彼女と、内地の会社勤めの青年と、ふたりはなぜ結ばれ得ないか、夢の中の二人の関係にもうほんのひと押しあったらなあ、であった。
     とはいうものの、今回の舞台、一人ひとりの役者がすべて、ぐんと腕前を上げ、魅力的になっていたのには驚いた。これまでの発条ロールシアターとは見違えるほどだった。随所にあった殺陣もよほど練習を積んだにちがいない、見事だった。次作への期待が深まる。ソンデネヴァ! (2013.3.31所見)

    注 「ソンデネヴァ!」とは、もし私の聞き違いでなかったとしたら、「そうでしょ!」、それに違いないでしょ、といった意味だとか。
    | 劇評 | 02:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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