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☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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劇団青羽「そうじゃないのに」__明 成俊
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     この作品は、コミュニケーションの不在や個が他の存在から受ける抑圧を描いたものか、それとも、見たいことしか見ない人間たちを描いたものか――考えた。
    おそらく作の李美麗、演出の金洸甫は前者を想定し、現代社会の問題も示唆しようとしたのであろうと思いながら、私はしかし、後者について考えてしまった。
    ある日、動物園から象が逃げ出し、象の訓練士が象を放った嫌疑で警察で取り調べを受ける。精神科医は訓練士を自分なりに分析し、刑事は訓練士に自白させようと説得。訓練士の母は彼のこれまでから彼女なりに彼の行動を理解しようとしている。訓練士を巡って皆が自分が見たいことしか見ずに彼を判断しようとしていたから、だ。
    演劇、そのものだった。
    劇団青羽の`そうじゃないのに`を観て劇場から出た時、思い浮かんだ一言である。

    70分という決して長くない時間、演劇というもので一杯の公演であった。ある人間=訓練士の抑圧を描いただけのものではなかった。黒い背景に白い机だけのシンプルな取調室は作品を表現するに充分であったし、ストーリーやセリフに観念的だったり抽象的だったりするところは全くなく、俳優の誰にもいき過ぎた演技なく、物足りない伝達もなかった。劇を貫ぬく雰囲気も軽いとは言えないまでも、決して重いものではなかった。
    カイサルは人間は見たいことしか見ない動物と言った。
    訓練士が象を放したことについて、精神科医は彼が母から受けた抑圧によると見、刑事は何らかの政治的陰謀があったと見、母は過去の息子の行為から類推して単純に閉じ込められた存在に対する同情、あるいは象を自分と同一化し、象を放つことでせめてもの満足を感じようとしてした偶発的な行為にすぎないと見ている。各人それぞれ、自分が見たいことしか見ないのだ。
    もっとも印象的な場面は、芝居の後半、訓練士が机の下に入り込むところである。自分の気持ちや心境を誰も理解してくれないことに疲れた訓練士は机の下にもぐり込んで、窮屈に身を縮める。
     この訓練士に向かって精神科医と母が机の上に上がってごちゃごちゃ話しかける。むろん建前は訓練士を救おうとするためだが、それは訓練士をさらに孤立させるだけであった。ここで注目すべきは刑事はそのとき訓練士に向かって何も言わなかったことだった。この違いは人物間の関係を示す最も重要な場面であった。
     精神科医は子供の頃の自分と訓練士を同一化し、彼を抑圧から解放しようとしたし、母も彼を刑務所に行かせないよう努力した、息子にしてみれば昔と同じく抑圧の一環にすぎなかったけれども、である。この二人はともあれ訓練士と何らかの感情が繋がっている、と言えよう。しかし、刑事には訓練士に働きかける積極性がなかった。彼にとって訓練士はただの取調べの対象にすぎないからである。
     このように説明や芝居がなくても俳優の立ち位置やその動きだけで作品の全体を示すことは素晴らしいことであった。
     思うに短所のない作品であった。しかし、特定の人物に照明を移したり、劇のリズム感を生かせるような装置が他にもいくつかあった方が観客にとってより分かりやすかったのではないかという疑問も残った。
     良い作品と出会った気がする。きっと、観客は演劇というものを充分味わい、満足して劇場から出たにちがいない。私もそうだったから、である。
    | 劇評 | 16:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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