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☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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韓国新人劇作家シリーズ 第5弾__明 成俊
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       初め、個々の作品やストーリーの象徴するもの、俳優の演技、舞台に見られた特色などについて書いたのですが、今回はそういう作品内部について述べることは止めて最初から書き直し、各作品が扱った社会的な問題を中心にもっぱら主観的に書くことにしました。

     

    1.「恋愛日和」 キム・ドギョン作 李知映訳 吉村ゆう演出

      確かに結婚についての物語である。しかし、結婚そのものついての作品ではない。作品における結婚というのは登場人物全員が共有する世界観であり、この部屋に住んでいるミョンウンとその恋人ドンウク、そこへ訪れてきたミョンウンの両親の間に起きるエピソードの到達目標として捉えられている。しかしミョンウンとドンウクが結婚するのかしないのかに正面から向き合っているわけではない。

     

       ミョンウンの願いはドンウクと結婚することである。友達の結婚祝いのパーティーから帰ってきたミョンウンは、平常優越感を持っていた友達が先に結婚にゴールしたことがあまりにも悔しい。彼女は、結婚に「成功」することこそ、自分のステップアップにつながると思っている。この点については、両親も同じである。両者の差異は、結婚相手の条件に過ぎない。このように誰も結婚するということについては疑問を抱くことなく、その世界観の内でドンウクも含めて自分なりにそれぞれ行動するだけである。

    したがって、この作品は価値観や世界観の衝突ではなく、近い距離にある人物たちの間に生ずるエピソードが中心である。

     

       両親に二人の関係を隠さなければならないミョンウンはドンウクをテレビの修理に来ている人だと紹介し、ドンウクは慌てて部屋の中にあるテレビの解体にとりかかる。毎日欠かさず連ドラを見ていると言う母親がミョンウンに早く直してもらえと督促するので、テレビは連ドラが始まる前に直さなければならない。結婚もテレビを直すことももっぱらドンウクの手にかかっており、ミョンウンは自分のことなのに自分で解決することができないのだ。

     

       しかし、ミョンウンのこの窮地は鮮明に演出されていたとは言えなかった。「恋愛日和」のセリフには二人の結婚を妨げるのは高い住宅費、残りの学費ローンといった現実だとある。しかし、ミョンウン、ドンウクに比べて望みをよりはっきり表出する両親を見ていると、両親の存在こそミョンウとドンウクが乗り越えなければならない「現実」、そのものであったろう。

    愉快な作品であった。人物関係の設定から生み出されるシチュエーションを上手く使って観客を最後まで笑わせるコミックな一晩の出来ごと。気軽く楽しめた。

     

    2.「感染」 イ・ソンホ作 金 世一訳 荒川貴代演出

       舞台は椅子にかけたひとりの男。机の前にあるテレビが現実の状況を数値で知らせるのは、作品の持つ時事性の色彩を濃くするための装置として有用であった。ニュースは一人暮らし向けであり、一人暮らしについての統計を報道し、具体的な数値や内容を伝えるのではないがテレビCMも、劇の雰囲気をつくるに充分であった。社会人である主人公の孤独な顔にも疲れや寂しさが浮かんでいる。

     

       この作品は、一人暮らしの持つ孤独感に焦点を合わせている。一人暮らしの人々の間に原因不明の伝染病が広がっており、その症状は家族がいるように会話をしたり行動したりで現れる、というのだ。こうした設定は、家族の不在が一人暮らしの孤独に結び付くという考えに基づいている。

     

        主人公の青年は劇中回妄想する。しかし男の孤独感は解消されず、孤独は一層深まったように見えた。最初は母との会話であり、回目は妻と子供との話であったにも関わらず、である。そうすると、作品の方向性がぼける。作品の前提は、一人暮らしの孤独は家族の不在であったからである。

     

      韓国社会が抱く経済的な不安や子供の教育問題などはセリフのなかで触れられていた。しかし、作品は作品の持つ時事性の重さに耐えられるほど堅固ではなかった。

     

    3.「プラメイド」 ソン・ギョンファ作 李 知映訳 鈴木アツト演出

      「プラメイド」は曖昧な作品かもしれない。ここでいう曖昧とは、ギョンソンにとってプラメイドはどんな存在かということである。一方的にギョンソンを手助けするこのプラメイドはどういう意味を持つか。

     

      作品の序盤は、ギョンソンという人物についての説明である。一人暮らしの青年ギョンソンは就職を諦めてコンビニでバイトしながら消費期限の切れたハンバーガーを食べる。この彼の唯一の趣味はガンプラ作りである。

      このハンバーガーとガンプラという2つのキーワードはギョンソンを通じて見られる若者の表象である。ここではハンバーガーという「食」よりガンプラに象徴される「趣味」のほうが優先されている。毎日必要不可欠な「食」より内面における自己満足の「趣味」のほうが上なのだ。

     

      抽選に当選して配達されてきたプラメイドは、ギョンソンの家事を手伝う。汚い部屋の掃除をしたり、バランス取れた食事を提供したりする。ここまではプラメイドは、ギョンソンにとって面倒をみてくれる便利なものという以上の意味は無かった。

     

      しかし、人工知能を搭載し、人間の感情を持っていないと自ら強調するプラメイドは、秩序や慣習に従うようギョンソンに強制する。プラメイドとしては合理的に行動しているにすぎない。が、その結果、ギョンソンに健康のための運動を勧めたり、終いには履歴書や自己紹介書を書かせたりする。合理的というのは今ある社会に順応するということである。

     プラメイドはギョンソンの人生のために客観的にアドバイスする存在である。そのアドバイスは社会がプラメイドの口を借りてギョンソンに求めるものに他ならなかった。

     

    4.「本当だって」 イ・インソル作 金 世一訳・演出

      黒い衣装と白い食卓、これは二つの色しか存在しない世界を表現している。作品は真実と虚偽を判断しない。何が真実なのかより、記憶を用いて社会における多数と少数、その構図と、少数に置かれた者の孤独を見せることによって、社会で起きた様々な事件を思い浮かばせる。

     

      記憶は過去にあった事実を思い出す作業である。そして、記憶には過去と現在が混ざり合っている。過去に対する現在の姿勢により、事実はいくらでも彩色されたり変造されたりする。この作品は、そういう事実を変えようとする人達とそれに悔しむ一人の人間に注目する。

     

      また、ある時点において過去を取り戻すことができないとき、人間は戻るのを諦めて、それが間違いと認識しながらもそれを認容し自分を走らせるといった愚かなこともする。

    | 劇評 | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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