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  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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南船北馬一団「にんげんかんたん」 __東海亮樹
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    ――「不在」の国のアリス――

     私はどこにいるのだろう、私はどこに行けるのだろう、私はどこに行けないのだろう。姉妹は舞台をくるくると動き回りながら、指をさす。「おうち、喫茶店、パーマ屋さん、電気屋さん、おうどん屋さん…」。どんな小さな町でも、「おうち」から出て歩いて行けば、いろんなお店があって、働いている人に出会って、楽しい思いをして、また「おうち」に帰ってこられる。バスに乗れば、「ゼロ番地」に向かって、また別の暮らしをみつけることができるかもしれない。でも、私はどこにも行けないのではないのだろうか。誰かを待っても、いつまでも誰かは現れないように。

     新宿「タイニイアリス」で2月、南船北馬一団「にんげんかんたん」(作・演出、棚瀬美幸)が上演された。目覚まし時計のベルの音。時が確実に刻まれていることに耐えられずに叫びをあげる少女。その叫びを柔らかく受けとめるように彼女の姉が現れ、「向こう側」の世界が開かれる。

     たくらみは「不思議の国のアリス」だと気づく。どのような「おとぎ話」がはじまるのか、期待とかすかな不安を感じた。不安には理由がある。アリスは、土手で本を読む姉と離れて落とし穴から向こう側の世界に入っていくというのに、舞台にいるポシェットを肩からさげた「ごく普通」と設定されたであろう「ひろ子」は、向こう側で姉と出会うのだから。

    「ひろちゃん、遊びに行こう。二人で昔みたいに、遊ぼう」                            「…私の時間…私とお姉ちゃんの時間」                          「おうち、喫茶店、パーマ屋さん、電気屋さん、おうどん屋さん…」                        観客はここで、ある「転倒」に思い至るに違いない。舞台にある不思議の国は、少女が夢想する日常の世界だということに。

     つぶれたパンを売るパン屋の夫婦、姉妹の振る舞いすべてに笑いころげる喫茶店の三姉妹、一生醒めない酒を売る酒屋の兄弟。いずれもチェシャ猫や、三月ウサギや、ハートの女王ではない。彼らがどんなに奇妙な遊びや言葉遊びをしても、ファミレスで皿洗いをしているフリーター、さびれた商店街の経営者、コンビニでマニュアル労働をする若者たちの姿が見えてくるのはなぜだろうか。夢のなかでさえ閉じられてしまった逃げ場のない日常。期待をこめて「ゼロ番地」行きのバスに乗ったとしても、「ぐるっと回って戻ってきます。ただそれだけです」と突き放されてしまう。

     いま、ここにいることへの絶望を読みとるのはたやすいかもしれない。姉との思い出を奪われ、引きこもる「ひろ子」を、たとえば拉致や犯罪の被害家族にみたてることも可能かもしれない。しかしもっとも重要なのは、寓話のなかに放り込まれた日常が、本当の日常以上に閉じられているということではないだろうか。「転倒」された寓話は、逆に「小さな世界」の虜囚としての私たちを、静かに映し出したのかもしれない。

     酒屋の兄弟は、ひとりは耳が聞こえず、ひとりはしゃべることができず、お互いの夢のなかでしかコミュニケートできない。「ひろ子」が夢想のなかでしか、不在の姉に出会えないこともそうだが、もっとも近い人が「不在」であるという私たちの日常なのかもしれない。結末で「ひろ子」がひきこもった部屋から外へ出ていこうとするのは、かすかな希望なのかもしれない。しかし同時に、かすか過ぎるということも感じざるを得ない。題名の「にんげんかんたん」は、「ん」をとれば「にげかた」となる。それは逆説的に「逃げられない」という私たちのことでもあるのだろう。

     作家の棚瀬美幸は、ホームの痴呆老人を取り上げた「帰りたいうちに」(2002年/第七回劇作家協会新人戯曲大賞)のように社会問題を詩的な会話で描いてきたが、今回は「初めての寓話」だという。メタレベルで作劇する新たな試みだったようだが、現実社会への批評的な視線は、かわらずに保たれていたと感じた。 (東海亮樹・共同通信社文化部)「Cut In」36号所載

    ALICE FESTIVAL04 2/4-2/6 ☆作・演出=棚瀬美幸 ☆出演=谷裕恵、藤岡悠子、末廣一光、小崎泰嗣ほか
    | 劇評 | 01:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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