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☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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桜会「P―天才って何?―」 __西村博子
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    正直言うと、はじめちょっと驚いた。たとえば久しぶりの再会なら両手を大きく開いてちょっと後ろへ重心を移してから駆け寄っていって相手を抱きしめるといった、日本人離れした身のこなし。たとえば背筋をぴんと立てたままで話すちょっと気取った?言い回しのせりふ、せりふ。むか〜したくさん見た翻訳劇を思い出したからだ。近ごろ稀な「新劇」正統派って感じである。
     それに、始まってからかなりの間、スペインなのかなあフランスなのかなあ、ピカソのアトリエに、『親友ピカソ』の著者として知られるジェ−ム・サバルテス(たんぽぽおさむ)や、ピカソの最初の恋人フェルナンド・オリヴィエ(茅根直美)やピカソの絵を最初に買った女性作家(大島安紀斗)やが順に現れ、ピカソが青の時代から薔薇の時代に移行したころや、キュービズムへと移ったころのことやを話していくのにも、とまどった。ピカソの絵はもちろん舞台に1枚もないし、会話だけで進んでいくし、ハハーン、三島由紀夫の「サド侯爵夫人」じゃないけど、これはピカソを出さないでピカソを彷彿させようという企みかな?と勘ぐった。

      ところが、ところが、である。机やノートや木々や砂や雪にぼくは君の名を書く/共有する肉体に友の額に差し伸べられる手にぼくはきみの名を書く/リベルテ(自由)と」の詩、ナチスドイツへの地下抵抗運動で知られるポール・エリュアール(endy)が現れ、それまでの台詞劇とは一転、全身を使った一人芝居で戦争の悲惨は演じるし、やがてパブロ・ピカソが意外に無造作に出てきて普通に受け答えはしだすし、私の予想は大きく覆された。これには何かワケがあるにちがいない。

      あとの筋はわりと簡単。売れなかったピカソの絵が次第に高値を呼ぶようになったにもさしたる関心なし、二番目の美しい恋人マリ・テレ‐ズ(松原ひろの)と彼の助手で「ゲルニカ」の製作過程を記録している写真家ドラ(森島朋美)とが彼の愛を争って取っ組み合いするのにも好きなようにしたらと知らん顔。そんなピカソに、今まで出てきたすべての人があなたには愛がないと言い放っては一人また一人と去っていく。彼はどうやら死んだ、らしい――そんな人々の振る舞いに怪訝な顔しながらピカソは再び舞台に出てくる。そしてそんなことどうでもよく、彼は「ゲルニカ」眺め、あそこにもうちょっと筆を入れるかなどと呟きながら首をひねって、終わる。……題して「P―天才って何?―」であった。

      客席の私たちが無差別爆撃に曝された「ゲルニカ」の大画面に擬せられていたのはちょっと面映かったが、これでピカソの絵を1枚も出さずに、しかしただ絵しかなかったピカソを描こうとした、作・演出(阿部良)の意図がわかった!と思った。なるほど前半、ひととおりの生涯の説明はあった。1936〜7年あたりがどんな時代だったか判るようにもなっていた。が、これは画家ピカソを描いたと見せて実はそうでなく、阿部良その人を描いたのであった。あるいは、ピカソを演じた伊藤初雄を、だったかも知れない。天才ってなーに?と言えば少々気恥ずかしいかもしれないが、芝居ものってなーに?と言い直してみればよく解る。まことに芝居ものは死んでも芝居しかない馬鹿、オッと天才であった。

      もう少し言えば、なぜピカソの、たとえば「ラス・メニーナス」でなく「ゲルニカ」だったか。そこに阿部のこれまでの仕事と関連して今一歩の踏み込みがあったら……ではあるが、欲は言うまい。芸術のため?であろうか、こんなにたくさんの女性たちに手を出してそれでいいか、同じ女としての怒りもこの際、呑みこむことにしよう。だって、阿部良その人とも言える伊藤初雄が、頭に白いものもちらほら、芝居一筋に歩いてきた人間にしかない魅力に輝いていたから。  (2005.05.15)
     
    | 劇評 | 22:56 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
    コメントが前の演目に入ってしまいました。
    申し訳ありません。。。。
    | 桜会 制作 | 2005/05/20 2:33 AM |










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