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☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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演劇人集団☆河童塾「かっぱ版・かぜの又三郎」__西村博子
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     もうちょっと。もうちょっとで、もっともっといい芝居になったのに。惜しいと思った。「認知症をテーマに、老いることの意味と、心のなかの迷路を描いて……」というキャッチコピーも、時折り新聞の社会面を賑わすニュースほどにしか心を惹かず、損したかも知れない。これは、とくに認知症を病む誰かの話でなく、敗戦や原爆はおろか、きのう何食べたっけ、あの人の名、なんだっけ、何でもかんでも忘れて毎日を過ごしている今の私たち自身の話――になるはず――だったから、である。

     舞台は、娘と亡妻との区別もつかなくなっている男(坂本大作)の数日。すすめられて宮沢賢治を読んだのと、高校時代の部活の先輩(長野武吏)が訪ねてきたことから、男に過去が押し寄せてきて、ついに認めざるを得なくなり、その世界に立ちすくむというもの。突如そして代わる代わる男に出現してくるその過去は、盛岡での幼かった日々と、学生運動華やかだった高校生のころと、男が勤め人になって高度成長期にでも入ったのだろうか、車も持てるようになってからのことであった。

     惜しいと言ったのはその過去に、ある統一感がなかったことである。一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず……南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい……幕開きに賢治の詩が聞こえてきて、終幕、舞台奥がさっと透けて青い地球と人気のないブランコのある果てしない森が広がったことから推察するに、おそらく作・演出(加藤真人)が男に、そして観客に想い出して欲しかったのは、慎ましやかで懐かしい昔か自然の神秘への畏れか、人の忘れてはならないなにか大切なものだった――にちがいないと思われる。あいだにも、後ろはだあれや鬼ごっこの幼い頃が折々出現してくることからもそれは裏づけられる。八派革マル、民青、ゲバ棒で傷つけあった反体制の日々や、ほんわか甘い初恋争いや、部活で行った秘境で吊り橋揺らされた怖くて楽しい思い出やもあった。が、その一方、車を自宅の車庫に入れようとしてバックさせ、妻を轢き殺してしまった、決して決して思い出したくない過去もクライマックスとして大きく襲来してくるからである。

     もちろん長い人生。悲しいことも嬉しいこともあるサと言えば言えなくもない。が、そういう自然主義でなく、今この認知症的な時代に、作者が忘れて欲しくないと願ったものは何か?である。説明的台詞を極力廃そうとし、不意に何かが出現/襲来したり消失したり、舞台を私たちの頭の中と同じようにしようとした手法は、架空設定の芝居でこそよくある手と言えようが、写実を基調とし日常の現実生活を描く作品としてはまだまだ珍しい。たとえば井上ひさし「父と暮らせば」と比べても、出現してくるものはこちらのほうが遥かに変化に富み歴史の幅も広いではないか。大胆な試みである。あとは成功してもらえばいい、だけである。

     娘と妻を一人二役(酒井尚子)にしたのも、観客にアレレ、今のはどっち?と男の混乱そのままを味あわせて面白い。4人の男優たちがすべて老人か高校生か幼児か、どれ一つ今の年齢と合ったものがなく演じなければならないというのも作品の仕掛け、俳優への無言の挑戦と思われた。作者は続く名古屋公演に向けてこれから加筆すると言っていた。好感度100%だがまだまだ演れるはずの彼らに、衣装や被りものででなく、声も身体も瞬時に変化して、ぜひ名古屋では作者にウームと言わせて欲しいと願っている。 (2006.8.12)

    | 劇評 | 18:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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