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演劇人集団☆河童塾「かっぱ版・かぜの又三郎」__山田まさ子
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    ▽河童塾公演によせて▽                              かなしみが、吹き寄せてくるようだった。「かぜの又三郎」(作・演出 加藤真人)を観ての気分である。作品がのりうつったとでもいうのだろうか。帰りの JR電車で、わたしは認知障害をおこしてしまい、改札機に、JRきっぷと間違えて、「かぜの又三郎」を四つ折りにした半券を突っ込んで、ブザーが鳴って、駅員さんが飛んできたのである。情けないことだけれど、作品の力でもあるので、書いておきたい。

    統合失調症で、精神障害者2級のわたしは、この劇を2回観たけれど、あらすじはさっぱり覚えていない。

    けれども、観終わったあとの、吹き抜けた風の音だけは、残っている。
    認知症の主人公は、ほとんど「わたし」のことに思えた。加藤作品は、いつでもつらいが、今回は、病んだひとに、つらい。わたしの後ろの席にいたご夫人も、「いつも観てるけど、今度のは…」といって泣いていた。

    記憶の旅人となった主人公の姿。今まで、出来ていたことが出来ない。ちょっと前かがみになった姿勢や、両手をだらりと下げた様子。かれが混迷を起して、投げ放った本の一冊が、前の席にいたわたしの肩にあたった。拾い上げてみると、河出のグリーン版、なつかしやゴーゴリィではないか。うれしかった。いまは、もう、アタマがボケてしまい、わたしはこんな本は読めない。けれど、学生時代に読んだ記憶が、よみがえってきた。二日目は、飛んでこなかったが、あれはやはり、本は客席へぶん投げてほしい。

    作中に、マルクスや学生運動も出てくる。「かぜの又三郎」のやさしいとも、おそろしいともいえる歌声には、支えている加藤真人のたどった道がある。そんなにおいがする。

    母の死のあと、少年の加藤さんは、川原で、ひとりぼっちで遊んでいたという。かれの作品では、風や土や木の葉が、深くうたう。

    娘さん役も、脇をかためていたひとも、いきいきとしていた。お医者さん役のかたは、認知障害が専門の、うちの主治医そっくりである。友達でもある医師が、主人公に、メモを書いて差し出すが、ああいうていねいな動作をするものである。学生時代のはつらつとした若さあふれる時期と、実年齢よりはるかに高い医師とを、演じわけていた。わたしなどがいうことではないけれど、セリフがしぼられて、よぶんなセリフが削り取られたのは、「河童塾」のスタッフもふくむ演技人たちが、懸命に加藤さんを追いかけているのである。

    認知症でも精神病でも、自分がわかったときが、しんどい。治りかけて、治療がすすみ、患者は耐えられなくなる。この作中の医師や、友人たちのよってたかっての治療というおせっかいに、わたしは、現代医療のもつやりきれなさを感じていた。作中の医師の治療は、告知は、残酷なニンゲンの驕りとも、とれないだろうか。主人公に過去を知らせることはない。まるめた背中で、妄想をがなっていたあのひとに。

    まだ若い娘や、健常者の友人医師は、まぶしいような言葉ばかりかけてくる。主人公は、はかない笑みで答えるしかない。老いて、病んで、知る思いがある。娘も友人も医師も、わかれというほうがむりなのだ。

    けれども、ひとり、歌ってくれたのだった。マントをひるがえす、かぜの又三郎にきいてみたい。あなたの世界なら、患者は生きられますか。舞台をまう木の葉のように、くるんでくれますか。 主人公とおなじように、わたしのこともです。

          
    | 劇評 | 09:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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