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アトリエサンクス「はじめてのメリークリスマス」__西村博子
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    昨年「ベターランド2」をみたとき、劇団名アトリエサンクスの前につけられている「踊る演劇小ネタ集団」というキャッチコピーのナゾ?がちょっぴり解けたような気がしたが、今年の東京公演「はじめてのメリークリスマス」(ともにワタナベアキラ作・演出)をみて、それがそんなに的外れではなかった、とあらためて確信した。つまりこのアトリエサンクスの芝居の第一の特色、魅力は「踊り」にあり、「小ネタ」とは、決して大上段にふりかぶらない、日々のささやかな想いがその舞台の根底になっている、ということにである。

     みた「踊り」を的確に言いあらわすことは難しいが、両手が左右横に細かく振れることの多いアップテンポの、ポップなダンス。それがただよく練習を積んだだの全体がよく揃ってるだのの域を超えて、それぞれの踊り手がそれぞれの魅力を最大限に出し切っていて、一人ひとりから目が離せない、どの人に焦点を合わせようかこちらの目がウロウロしちゃうといった感じだ。小劇場演劇によくある、ここで踊りを入れたいから今度いっしょうけんめい練習しましたといったダンスとはまるで違う鍛え方。なるほど「踊る」集団。「踊り」が主の演劇であった。

     「小ネタ」のほうはそれに比べると、今回は(前回に比べても)、やや生彩を欠いたかな?というのが正直なところ。いや、幼いころの何か大事なものが忘れられない、折にふれて思い出してしまうといったワタナベアキラの、前回の東京公演とも通い合う「小ネタ」。今回の「はじめてのメリークリスマス」でいえば、夜空を見上げるとクリスマスイブに亡くなった母を思い出さずにいられないという、ちっちゃなネタ――そのものに文句があるわけではない。誰にだって、どうかすれば忘れてしまいそうな、しかし決して忘れてはいけない大切な想いというものはあるはず、だからだ。

     が、その想いが見るものの心のどこかと呼応してしまうというまでにはまだまだ舞台上のシーンとして立ち上がっていなかった、と思う。母のことで主人公の青年が、サンタクロースたちやトナカイにさんざんからかわれたり、「バー失恋レストラン」や青年の家庭でも何度も話題に上ったりしたので事情は分かった。けれどもそれはまだ台詞による説明、頭理解でしかなかったように思う。どういうシーンでなら青年の心が私たちのものになる――か?

     他の人には見えない母と、それが見える青年と妹と、それに本来なら父親とが踊るはずの、ラスト近くの心温まる家族のダンス・シーン。それがなぜか、父親でなく公園のホームレス(ワタナベアキラ)が加わって踊るのを見ながら、“家族いっしょに幸せに暮らしたい”という想いは、まぎれもなくワタナベアキラその人のものだとピンと来た。

    「踊り」なら表現できる、「踊り」だと(意図してかしないでか?)表われてきてしまうワタナベアキラのこの想いが、踊りをつないでいく日常シーン、青年の描き方にも、どこか1か所でいい、もしくっきり表現されていたら……と残念だった。引き続く大阪公演に期待したい。

     洒落たレストランのテーブルを、ちゃぶ台にもソファにも瞬時に変えてしまう演出の手際。期待は必ず実現すると確信している。 (2006.11.5所見)

     
    | 劇評 | 21:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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