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☆Alice's Review☆

  タイニイアリスで上演された作品の劇評たち ―Crazy Tea Party―
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エビビモpro.「ドラマの剣(ツルギ)」__西村博子
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    この1月に見た京都の劇団とっても便利の「complex (コンプレックス)」。大野裕之が脚本だけでなく演出も作詞作曲も出演・主役の一人も、ぜんぶしていたことに感心したが、今度のエビビモpro.「ドラマの剣」もそう。矢ヶ部哲の作・演出・作詞・作曲、出演もであった。しかも歌の伴奏、とっても便利でさえ録音だったのにこちらは俳優たち代わる代わるの生演奏だった。ミュージカルといえば、米英からの輸入・コピーものはもちろん、オリジナル作品の場合でも、たいていは分業。作家が脚本をお書きになり、せいぜいその歌詞を、別な人が作曲し歌もまた違う人が歌う、というのが普通だからだ。ミュージカルもいよいよalternative演劇の時代に入ったのだなあと思った。

    パンフを見たら「ドラマの剣」の役名だけで40人。出演は25人と挨拶文にあったが、ヴォリュームはそれだけでない。12シーンからなるそのストーリーも、随所に入るエネルギッシュなダンスも歌も圧倒的な盛り沢山。何がどう進んでいるのかよく分からないほどだったが、ナニカここに新しい可能性が含まれている!という感じはひしひし。頗るつきの面白さであった。

    いま分からなかったと言ったストーリーについては大野美波の「歌と踊りが楽しめる!!会場の一体感」に巧くまとめられているので、参照して欲しい。おそらく書かれている通りにちがいない。少しだけ補足すると、これには曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」が踏まえられていたようだ。舞台はまず、犬の八房が狹┐亮鵑鬚箸辰討たら娘の伏姫を妻に与える瓩箸いμ鸞をもらったことを踏まえて、一人の俳優(=ドラマ?)の首がはねられ(同時に舞台の他の俳優たちもみんな黒布を被って首無しになる。おみごと!)、ぽーんと転げ落ちるところから始まっていった。

    そして各シーンごとに、一人また一人と、1人ずつ俳優が選ばれていって、オッと八剣(犬)士じゃない、8人の俳優が揃ったところで、ドラマ(=ここではシェイクスピアと言われている。おそらく彼らにとってシェイクスピアがドラマの代表選手なのだろう)の娘であり母でもあった少女が、彼らとともに剣(ツルギ)をふるって何ものかに向って立ち向かっていくところで終わった。

    ときどき、うしろに白幕が広げられて漫画が投射され、ときには、そのなかに登場人物たちが出入りもするので(これまたお見事!)、物語は劇というより実は漫画だったと言ったほうが適切か。

    しかもこの「ドラマの剣」全体は、幕開き前から素顔の俳優あるいは俳優志望たちの談笑やら演劇への意気込みやらさまざまな会話が聞こえてくる冒頭と、その全員でドラマへの希求を合唱する終幕と、二つのシーンに挟まれていた。つまり、そういう、若い人たちが舞台のうしろや横にいっぱいいて、必要なときに出てきてその場を受け持つという仕組みになっていたのだ。みんなで力を合わせて描いたミュージカル漫画だった、と言ったほうがいいのかも知れない。

    「ドラマの剣(ツルギ)」とはドラマトゥルギー(Dramaturgy)。ふつう作劇術と訳されているが、劇を作るための手法、技術のことであり、それを支える思想、感性のことである。エビビモは舞台芸術学院の卒業生たちによって創られた劇団とか。彼らの、ドラマを求め、ツルギを振るって演劇に切り込んでいこうとする不退転の勇気が頼もしい。いっしょに見たCraig(アメリカ人の作・演。Riverbed Theater主宰。昨年、Alice Festival2006参加の「雲になった男」を持ってエジンバラ、アヴィニョンへ)は、同じように見えるシーンはもっと削った方がよいと思うと言っていた。日本語を解さない、しかしアートのセンス抜群の人の感想である。私も演技、演出にもっともっと良くして欲しいと思うところは少なくなかった。が、そんなことはいずれ解消されること。舞台の根幹であるドラマトゥルギーが新鮮なのだった。

    ひとこと余分をつけ加えておきたい。あんまり素敵だったので、私は出口や階段でお礼を言ってる役者さんたちに「矢ヶ部さんはどこ? どなた?」と聞いて廻った。そして出会った矢ヶ部さん、あんまり若くてイケメンの茶髪だったので私はキャッ!!  ひょっとしたら舞芸の先生の、大勢の卒業生をなんとか全員出演させようの苦心作かも?かも?は、とんでもない疑いだった。そりゃそうでしょう。「ドラマの剣」は若さそのものであり、今から演劇に向って行くぞの若さでなければ作れない芝居だった。キャッというと、5m以内に近寄れなくなる私は、そのままものも言わずにすっ飛んで帰った。(2008.02.15所見)

    | 劇評 | 13:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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